大判例

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東京高等裁判所 昭和27年(う)1674号 判決

控訴人 原審弁護人 大蔵敏彦

被告人 山田重夫 外三名

弁護人 大蔵敏彦 外二名

検察官 軽部武関与

主文

本件控訴をいずれも棄却する。

理由

本件控訴の趣旨は末尾添附の各被告人の弁護人大蔵敏彦同佐々木茂同岡崎一夫の連名で差し出した控訴趣意書並びに被告人山田重夫同原五郎同山田昭治の夫々差し出した各控訴趣意書記載のとおりである。

大蔵、佐々木、岡崎三弁護人連名の控訴趣意第一点について

連合国占領軍の占領目的に有害な行為に対する処罰等に関する勅令(昭和二十一年勅令第三百十一号、以下単に勅令第三百十一号と略称する)が「ポツダム」宣言の受諾に伴い発する命令に関する件(昭和二十年勅令第五百四十二号、以下単に勅令第五百四十二号と略称する)に基く勅令であり、右勅令は昭和二十五年十月三十一日同じく勅令第五百四十二号に基く占領目的阻害行為処罰令(昭和二十五年政令第三百二十五号、以下単に政令第三百二十五号と略称する)により全面的に改正せられたのであるが原審は被告人等の原判示の所為に対しては右政令第三百二十五号附則第三項に基き従前の勅令第三百十一号第二条第四条昭和二十年九月十日SCAPIN第十六号「言論及び新聞の自由」第三項を適用して処断していること及び昭和二十年勅令第五百四十二号は「ポツダム」宣言の受諾に伴い発する命令に関する件の廃止に関する法律(昭和二十七年法律第八十一号)により昭和二十七年四月二十八日をもつて廃止されたこと並びに昭和二十五年政令第三百二十五号もまた「ポツダム」宣言の受諾に伴い発する命令に関する件に基く法務府関係諸命令の措置に関する法律(昭和二十七年法律第百三十七号)により昭和二十七年五月七日をもつて廃止されたことはいうまでもないところであるが論旨は勅令第三百十一号政令第三百二十五号は昭和二十七年四月二十八日平和条約が効力を発生し占領が終了するとともに実質的にはすべてその存在の基礎を失つたものである。すなわち勅令第三百十一号第二条はいわゆる空白刑罰法規であつて本件においては前記昭和二十年九月十日SCAPIN第十六号と相まつてはじめて構成要件が確立し一個の刑罰法規としての形態をなすものであるが右覚書は占領の終了と同時に失効するのは当然のことであり従つて本件においてはすでに実体的に処罰すべき法的状態は消失しているのであるから判決のあつた後の刑の廃止があつたものとして原判決を破棄した上免訴の裁判があるべきであると主張するからこの点について考えるのに勅令第五百四十二号が日本国憲法の下においても合憲有効であることはすでに最高裁判所の判決(昭和二十三年六月二十三日大法廷)の示すとおりであり、また降伏条項の誠実な実施は降伏文書に基く法律上の義務の履行であるから右勅令の委任によつて制定された勅令第三百十一号(政令第三百二十五号)もまた合憲有効な委任命令であることは勿論であるところ右勅令第三百十一号(政令第三百二十五号)はわが国が「ポツダム」宣言の受諾及び降伏文書の調印に基き連合国最高司令官の占領管理の下におかれていた一時的異常な事態に対処するための法規であつて、かかる異常な占領管理状態が終熄して独立国たる常態に復したときは早晩廃止されるべき運命にあつたことは右勅令第三百十一号(政令第三百二十五号)の法文自体に徴しても極めて明白であつて平和条約の発効とともに廃止されるべきことはその立法当初から予想されておつたところであるから昭和二十五年十月十一日最高裁判所大法廷が昭和二十三年(れ)第八〇〇号物価統制令違反被告事件について言い渡した判決に謂うところの限時法的性格を具有する法規であるといわなければならない。そして違反者を免訴すべきものとするならば裁判の確定は相当の日子を要するのが恒であるから裁判は法規の改廃に追随するを得ない結果として違反行為取締りの徹底を期するを得ないのみならず、違反者は法規の改廃を予測して遵法を怠り、裁判の遷延によつて不当に科刑を免れようとする傾向を生じ、また裁判時の先後によつて同種同質の罪が或は免訴されるという不公平な結果を惹起することは、まさに前記判決の説示するとおりであり、従つてかかる限時的性格を具有する勅令第三百十一号(政令第三百二十五号)の違反者に対しては裁判時において廃止された場合においても罰則の適用についてはなお従前の例によるのは当然であつて昭和二十七年法律第百三十七号第二条第五号において政令第三百二十五号を廃止し同法第三条第一項において「この法律の施行前にした行為に対する罰則の適用についてはなお従前の例による」と規定しているのは叙上の趣旨を明らかにするための宣言的規定であると解すべく、また所論の如く現在においては連合国最高司令官或は連合国占領軍が存在せず従つてまたそれらの指令が存在しなくなつたとしても、元来勅令第三百十一号(政令第三百二十五号)は連合国最高司令官の要求の中には国内法制化されていないものがあることを前提としかかるものについてその違反があつた場合には日本裁判所において裁判することはできない筋合であり、かようなことは連合国の占領管理方式の原則である間接管理の原則にそわないのみならず、要求の実効を期する所以でもないから特にこれを制定したものであつて、すなわち右勅令に「連合国最高司令官の日本帝国政府に対する指令の趣旨に反する行為」という立言のなされているのは連合国最高司令官の日本国政府に対する指令や要求はそれ自体は日本国民に対するものでなくとも、それが日本国政府に通達せられると同時に国内法たる右勅令第二条第四条の刑罰法令の内容となりそれによつて日本国民を拘束するに至るものと解すべきであり、再言すれば勅令第三百十一号によりこの種の指令、覚書は国法的性格が与えられたものとみるべきであるから、すでに国法として有効に成立した勅令第三百十一号の未だ有効であつた当時における右勅令の違反者に対しては仮令現在においては前記覚書の権威的根拠が消滅したからとてこれを以て刑の廃止があつたものとは認められないし、且つわが国のおかれている現在の国際的地位並びに国内的諸情勢を洞察すれば前記覚書第三項違反の行為に対する可罰性の評価にはなんら変更がないものといわざるを得ない。従つて本件は判決後刑の廃止のあつた場合にあたるから免訴の裁判が相当であるとの主張は採用できない。次に論旨は平和条約の発効によりいわゆる超憲法的状態は消滅したのであるからあらゆる法令は日本国憲法に違反するものであつてはならないし、違憲のものはすべてその効力を生ずる余地がない。本件で問題にしているのは「連合国に対する破壊的批判を論議した」というのであつて、かくの如きは言論出版そのものを刑罰の対象とせんとしているものであつて言論出版その他一切の表現の自由は日本国憲法により保障せられ検閲もまた厳禁せられていることはいうまでもない。本件について勅令第三百十一号(政令第三百二十五号)を従前の例によつて適用しようとするのは明らかに憲法第二十一条に違反するから許されない。このことは前記覚書が占領軍の占領それ自体を目的としたものであつて、わが国の国内的秩序の上になんら関連がなく占領中における特殊事情としてのみ許されるのであり国内法秩序の上からみれば違憲無効のものであると並びに本件において問題とされている言論の内容がわが国の公共の福祉に対し明白且つ具体的な危険を生ぜしめるなんらの可能性も存在しないことからみても更に明らかである。占領下においては占領軍に関する言論が極めて不自由であつたことは今日においては公知の事実である。これは占領下という極めて特殊な事情の下にあつては占領軍の占領政策を遂行するためにはやむを得ざるところであつたかもしれない。しかし占領の終了した今日においてかかる言論の自由が抑圧されることこそ極めて反社会的なことであつて、占領下にあつては或は取締の対象となり得たかもしれない内容の言論についてそれが占領下になされたからという理由で占領の終了した今日これを処罰の対象とすることは憲法に違反することは勿論わが国民の法的確信に反するものであると主張するけれども憲法第二十一条所定の言論、出版その他一切の表現の自由と雖も公共の福祉に反し得ないものであることは憲法第十二条第十三条の規定上明らかである。それゆえ新憲法下における言論の自由と雖も国民の無制約な恣意のままに許されるものではなく、常に公共の福祉によつて調整されなければならない。そしてわが国は「ポツダム」宣言を受諾しその誠実な履行を約したものであるが連合国最高司令官は「ポツダム」宣言を実施するため必要な指令を発するものであり勅令第三百十一号(政令第三百二十五号)はこの指令を履行するために必要欠くべからざるものとして制定されたものであるから勅令第三百十一号(政令第三百二十五号)は直接には連合国或は連合国占領軍のためのみの法規の如くであるけれども同時に連合国最高司令官の指令に従いその日本占領政策に協力し民主主義日本の再建を念願する日本国民の福祉にもかなうものであつてこれら良識ある大多数の日本国民の意図を無視し前記覚書の趣旨に反し連合国に対する破壊的批評を論議するが如きは公共の福祉に反するものであつて憲法の保障する言論の自由の限界を逸脱したものであること明らかであるから平和条約発効の前後を問わず勅令第三百十一号(政令第三百二十五号)及びこれに引用される昭和二十年SCAPIN第十六号「言論及び新聞の自由」は憲法に反するところはなく従つて昭和二十七年法律第百三十七号第三条第一項は合憲有効であると解すべきである。従つて以上説示の如く本件については昭和二十七年四月二十八日日本国との平和条約が効力を発した後においては適用すべき刑罰法令が効力を失つているのであるから原判決を破棄した上免訴の判決をなすべきであるとの所論は到底採用できない。それゆえ論旨は理由がない。

(その余の判決理由は省略する)

(裁判長判事 中村光三 判事 河本文夫 判事 鈴木重光)

控訴趣意

第一点原判決は判決があつた後に刑の廃止があつたものであるから破棄して免訴の裁判をさるべきである。

(一) 原判決は占領目的阻害行為処罰令、昭和二十一年勅令第三一一号及び一九四五年九月十日スキヤビン第十六号言論及び新聞の自由に関する覚書第三項を適用して被告人等に有罪の言渡しをしているのであるが、これらの諸法令は「日本国との平和条約」が昭和二十七年四月二十八日効力を生じ占領が終了した後には、実質的にはすべての存立の基礎を失つたものである。

勅令第三一一号第二条はいわゆる空白刑罰法規であつて本件に於ては前記覚書と相まつて始めて構成要件が確定し一個の刑罰法規としての体をなすものであつて、前記覚書が占領の終了と同時に失効することは当然のことであるから、本件に於てはすでに実体的に処罰すべき法的状態は消失しているのである。

(二) 講和発効によりいわゆる超憲法的状態は消滅した。あらゆる諸法令は、日本国憲法に違反するものであつてはならないし、違憲のものはすべて、その効力を生ずる余地がない。本件で問題にしているのは、「連合国に対する破壊的批判を論議した」ということであつて、言論出版そのものを刑罰の対象としているものである。言論出版其の他一切の表現の自由は日本国憲法により保障せられ検閲も亦厳禁せられていることはいうまでもない。本件は明らがに、日本国憲法第三十一条に違反する。本件について、勅令第三一一号ないしは、政令第三二五号を「従前の例によつて」適用せんとすることは日本国憲法第二十一条に違反するから許されない。

此の事は前記覚書第二項が占領軍の占領それ自体を目的としたものであつて我が国の、国内的法秩序の上に何等関連がなく、占領中に於ける特殊事情としてのみ許される事で国内法秩序の上からみては、むしろ違憲無効のものであること並びに本件に於て問題される言論の内容が我が国の公共の福祉に対し明白、且つ具体的な危険を生ぜしめる何等の可能性も存在しないことから見ても更に明かなるものである。

(三) 占領下に於て、占領軍に関する言論が極めて、不自由であつた事は、今日に於ては公知の事柄である。これは占領下という極めて特殊な事情の下にあつては、占領軍の占領政策を遂行するためには止むをえざることであつたかもしれない。しかしながら占領の終了した今日に於てかかる言論の自由が抑圧せられることこそ極めて反社会的なことであつて、占領下にあつては、或いは取締の対象となり得たかも知れない内容の言論について、それが占領下になされたからという理由で、占領の終了した今日これを処罰の対象とすることは、我が国民の法的確信に反することである。(これが違憲であることはいうまでもない。)

以上の理由により、本件については、昭和二十七年四月二十八日日本国との平和条約が発効した今日に於ては適用すべき刑罰法令が効力を失つてゐるのであるから、原判決は破棄され、更に免訴の判決をせらるべきである。

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